岡潔『日本のこころ』で私が私でいられる安心

2017年6月10日

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ISBN-13:978-4820542971
ISBN-13:9784820542971
ISBN-10:4820542974

受験勉強となると小林秀雄氏のような一見「難解」な文章は避けて通れません。岡潔氏の著作物もかなり難解ではないだろうかと身構えておりました。

岡潔『日本のこころ』は1967年に講談社「思想との対話」シリーズで編まれたもので、日本の仏教の自己の捉え方から教育への応用が分かりやすい文章で表現されています。

岡氏は「情緒」を大変重んじておられます。
「「日々生き甲斐を感じる」ーみな情緒が生きているのである」(194頁)その、情緒というのは「他を悪いとしなければ1つをよいとできない」価値判断ではなく、芭蕉一門の評価法にみる古人の「四季それぞれよい」「時雨よさがよくわかる」といった「それぞれみなよい」という価値判断(198頁)です。

しかし、数学の研究は、大脳前頭葉の画布に表現されてから後に「情緒」を理解するので、知識を情緒化するのが容易ではない(268頁)としています。大脳前頭葉には、無明という本能があり、この「無明」が情緒を濁していると。

無明について、岡氏は「自分」という意味に3つの要素を付与する中でも触れています。「自分」を構成する1つ目はデカルトの「われ」は「主宰者」、2つ目はフィヒテの「自我」は「不変」、3つ目は自己本位のセンス(感じ。広く知情意および感覚にわたる。)です。問題は、この3つ目の「自分の××」といった自分を主人公にした「小我」です。小我は「無明」の本能の所産であり、小我を取り去った後に残るのが、「真我」です。本著全体からはこの「真我」を通して、男女の性差、男女関係、育児、教育を捉えましょうというメッセージを感じました。

1901年生まれの岡氏は、激動の時代を生きていますので、社会の疲弊が人の心に及ぼしている影響を嘆く部分があります。ただ、悲観論に終わらずに、大自然に包まれたふるさとを懐かしむ気持ちが随所に見られることからも、このような心理的な影響がペスタロッチが説く「直観」に接近しているのでは、と考察できます。

本著の中で最も印象に残る一節は「私にはすべては「そうであるか、そうでないか」の問題ではなく「それで心が安定して心の喜びも感じられるかどうか」の問題なのだと思う」(221頁)という部分です。金子みすゞの有名な詩「わたしと小鳥とすずと」の「みんなちがって、みんないい」という一節がすぐに思い浮かびました。自分の状態を肯定してくれる優しさに触れたときのような感覚が残りました。

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古書の独特のにおいで、むせ返り気味です。書庫が精神的な宝の山のように見えた時から、古書の独特のにおいがすると、時間が一瞬止まり、現実逃避できるような気がしています。

古書の旅は、一休みして、日常生活に戻ることにします。桃ゼリーと笹あめに夏の風情を感じながら。