山岡荘八『善の巡環 世界のファスナー王 吉田忠雄伝』YKK―龍車に刃向う蟷螂の斧

2017年6月10日

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YKKというと富山を代表する世界のファスナーメーカーです。

山岡荘八『善の巡環 世界のファスナー王 吉田忠雄伝』(鏡浦書房、1964年)は、YKK株式会社創業者の吉田忠雄氏(1908年富山県魚津市生)の経営、1945年の終戦と同時にふりだしに戻り、その後の約10年で日本のファスナーを世界的なものにした彼の軌跡にパワーをもらえる1冊です。

忠雄氏は、地元の尋常小学校、高等小学校では、ほぼ首席を通し、長兄の久政氏、次兄の久松氏とともにそろって首席になるという頭脳明晰な三男でした。しかし、家が貧しく3兄弟全員が進学を断念し、小僧に出たり、行商に出たりします。忠雄氏は長兄の久政氏が靴店をかまえた富山県入善町の出身である支那陶器輸入商・古谷順平を頼り、東京に上京。古谷商店での小僧時代には、優れた在庫管理能力を発揮します。

20代で上海での商人経験を経ますが、円安で古谷商店が閉店の危機に。その当時は、「下駄も足袋も買わなかった。散髪も風呂も倹約した。下着はボロボロになるまで着た。買いぐいもせず、遊びにもいかなかった。仕事、読書、睡眠、蓄積の希望だけであった。」(131頁)とあります。古谷氏の助言でファスナーの将来性を感じ、昭和9年(1934年)に創業。古谷商店はサンエス商会に名称変更し、ファスナーメーカーの第一歩が始まります。

創業後、間もなく、レストランのレジを担当していた武 駒子(出身は神奈川県、父は農業)に恋し、昭和10年(20代後半)に結婚。忠雄氏の初めての子である長男・忠裕氏(現在の代表取締役会長)が誕生するのは忠雄氏が40歳のときです。駒子さんは創業当時、女工兼主婦、工場主の妻として重労働。会社が大きくなる前から、社員の方々、そして奥様が真剣に謙虚な姿勢で忠雄氏を信じていることに静かなエネルギーを感じます。

ミシンの使用期間の更新スパンを短くすることで、取引先のミシンメーカーの進歩を促し、「こちらもよく、あちらもよい、おたがいに交流し栄えていく」という善の巡環、そしてこれは、「貯蓄と投資、投資と利益の分配の関係」(263頁)に通じる経営方針です。

忠雄氏の先見の明と決断力は、辛い経験と天性が土台になり、自身を信じることが原動力になっている箇所が本書には多々あります。「龍車に刃向う蟷螂の斧」(222頁)となっても世界を目指すことに意欲的であった姿勢に学ぶべきことは多いといえます。

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工場(富山県黒部市)見学「YKK TOURS」(YKKツアーズ) を予約することもできますし、YKKセンターパークでは入園パス(無料)があれば、見学できます。

ファスナーのストラップとウォー太郎(藤子不二雄Aさんデザインの黒部のご当地キャラ)グッズが現地で購入できると以前ききましたが、販売の継続を願っています。