遠藤周作『ぐうたら愛情学』寄港する船は幻か

2017年6月10日

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ISBN-13:978-4061313477
ISBN-13:9784061313477
ISBN-10:4061313479

水平線に浮かぶ大きな船。船が遠くへ行ってしまうのか、逆に近づいてくるのか?近づいてくれば、何かがたちまち現実味を帯び、空の高みに上るがごとく高揚感に満ち溢れたものでした。その何かを知る手がかりになる1冊があります。

夫婦のひとつの在り方を男女の特徴をふまえながら「愛」を紐解く、遠藤周作『ぐうたら愛情学』(講談社、1974年)。九州の天草の暮れなずむ丘の上から「大きな海に乗り出していく船が男に見え、その船が出発し、また傷ついて戻ってくる港が女だという」(226ページ)男女間のイメージを投影する著者の体験を、浜辺にいながら思い出しました。

女が港であり続け、男も港を忘れないことは実に明快ゆえに難しいことです。「「愛」とは棄てないことから始まる」(236ページ)こととは対照的に、「情熱」とは美しいもの、魅力あるものに心ひかれることと著者は定義しています。しかし、その一瞬の幻のような情熱を、愛に履き違えてしまうことは少なくないでしょう。

一瞬の情熱は消えてしまうもの、という世の常に打ち勝つように、女性は妻になり、母になると、その情熱を安定した「愛」に変える術を自然に身につけます。安定した明日に積極的なのは女性に見えますが、ジャン・ポール・サルトルは「女は過去に向い、男は過去よりも未来を志向する」(117ページ)と男女の記憶の傾向を表します。

女性は男性に対し、一瞬の情熱という過去の通過点を、継続した「愛」に変えるための問いかけが必要なのでしょうか。きっとこの問いかけは双方向からでなければ、不安定になっていきます。港には常に灯台が必要なように、共に生きるための何らかの指標が問いに含まれ続けなければ、見失うものが多いのではと思うのです。

水平線に浮かぶ船が、蜃気楼ではなく、霞が晴れ大きく近づいてきたとき、それは今まで得られなかった愛が手中にあるようでしたが、悲しいことに手につかんだ感覚が残りませんでした。すくった砂が指の間からこぼれて、風に吹かれていくのです。空虚で束の間の安堵感だけがそこにはありました。