風立ちぬの節子と菜穂子の菜穂子『おんなの生活史』中日新聞本社

2017年6月10日

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生きていた時代が違えば、見てきたものも違います。

小説内の登場人物の行動をよく理解できないとき、「社会背景、自然の風物」への知識が欠如している場合が多くあります。

『おんなの生活史−その時代と風土−』(中日新聞本社、1973年)は、明治以後の有名文学作品、特に舞台は中部地方、女性に焦点をあてた作品の社会背景について書かれています。明治、大正、昭和に撮影された写真70枚余りと、その土地で生活していた一般女性の声、また、実際、作家と会話をした人の記録です。

本書では、次の13作品が紹介されています。島崎藤村『夜明け前』(馬籠)、江夏美好『下々の女』(平瀬)、泉鏡花『紅雪録』(名古屋)、尾崎士郎『人生劇場』(三州吉良)、水上勉『越前竹人形』(広野、福井、芦原)、梶井基次郎『城のある町にて』(松阪)、堀辰雄『風立ちぬ』『菜穂子』(富士見高原)、太宰治『斜陽』(伊豆長岡・三津浜)、小谷剛『三週間の島』(名古屋駅西)、三島由紀夫『潮騒』(神島)、井上靖『花粉』(渥美半島)、豊田穣『長良川』(墨俣)、五木寛之『内灘夫人』(内灘)。

序説によると、「昭和48年5月から7月にかけ、松下電器産業株式会社の提供で中日新聞に週1回、計13回掲載されたもの」とあります。

今、話題といえば、『風立ちぬ』と『菜穂子』になりますでしょうか。私が初めて『風立ちぬ』を読んだのは、10代の頃に1度きりで、同時期に、武者小路実篤の『友情』を読んだ記憶があります。このため、障壁のない純愛と、陰鬱な三角関係が、錯綜し、現在に至ります。10代の頃から今までに、多少なりとも酸いも甘いも経験して(苦笑)再読すると、見える世界は明らかに違う、はず…です。

『風立ちぬ』は、富士見高原療養所(長野県諏訪郡富士見町)を舞台に、昭和10年、堀辰雄氏とその許婚者の矢野綾子さんが入院生活を送った記憶を元に書かれています。死の淵にいた綾子さんは特別室に入院しており、当時の担当看護士は、堀辰雄氏が「余り口をきかない、おとなしい方でした。でもちょっとした細かい仕ぐさの中に、許婚者への愛情をみせる優しさがうかがえました。−ああいうプラトニックなカップルは、とてもいいものでした。」(73ページ)と語っています。続けて、「特別室の入院費用は、看護士の月給5円の時代に月6円50銭、さらに保険適用せずに支払う人が多く、特別室は予約でいっぱいだった」(73-74ページ)とのこと。患者の主菜もビフテキ、カツレツ、ハンバーグなど豪華を極めています。

ここで「豪華」と表現すると、小説内の節子がサナトリウムに入院した日、2人きりの侘しい食事風景の印象を失いかねません。しかしながら、看護士の言う通り、堀辰雄氏の綾子さんに対する「細かい仕ぐさ」は、作品全体に流れる「手」と「髪」の描写から痛いほど伝わります。夜明けと夕方の八ヶ岳に注ぐ光、雨、雪。金雀児(エニシダ)が咲き乱れる春先から厳冬まで、死を目の前に過ごす日々。絶望の中で「私、なんだか急に生きたくなったのね…」「あなたのお蔭で…」という節子の言葉に、愛する人の傍にいられる確信が、逆に「生」の厳しさを増しています。

2人きりの純愛で結晶化された短い生。一方で『菜穂子』の菜穂子も節子と同じく、結核を患いますが、菜穂子は既婚で、姑と連れ合いと自分の関係に違和感を感じています。さらに、結核を患った異性の幼なじみが登場し、終止、物憂げな表情。この2つの作品のテイストがいかに異なるかは、「手紙」の描写の違いに表れます。姑からの届く手紙への菜穂子の所作に対するのは、父親から手紙を待つ節子の表情、その感情の温度差です。その菜穂子が雪の中、サナトリウムを抜け出して、遠方の連れ合いの元に会いにいく場面は、抑鬱状態からの発散に近く、菜穂子も節子のように、愛情を受けたかった…どちらかというと菜穂子の方に憂いがありますね。

では、宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』の菜穂子とは、誰なのでしょう。2作品のプロットから推し量れば、映画の菜穂子は、小説『風立ちぬ』の節子と、『菜穂子』の菜穂子のどちらでもあり、どちらでもないわけです。私は、小説を読むことと、それを映像化したものを見ることは、全く別のものとして理解するようにしています。小説を読む時は、情景を想像し映像化して楽しみます。ですから、たとえ映画が自分のイメージと異なっていても、それは表現者の自由であってほしいと願うのです。

『風立ちぬ』を読む前に、『おんなの生活史−その時代と風土−』は、情景を思い描く一助になりえましたし、サナトリウムと周囲の山々、そして一組の男女が登場する点では、画家・東山魁夷氏の人生を思い起こさずにはいられませんでした。八ヶ岳周辺を題材にした絵画の「青」色は、結核で失われた多くの命が眠るかのような死の谷の色に投影され、胸の奥底に沈みます。

“小さな月のある晩だった。それは雲のかかった山だの、丘だの、森だのの輪郭をかすかにそれと見分けさせているきりだった。そしてその他の部分はほとんどすべて鈍い青みを帯びた闇の中に溶け入っていた。”(『風立ちぬ』より)

10代の頃よりも、鈍い青みが、群青に鮮明に浮かびうるのは、生が短くなっていることに間違いはないようです。