今を選択して楽しむ 千石保『「モラル」の復権 情報消費社会の若者たち』

2017年6月10日

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ISBN-13:978-4377311235
ISBN-13:9784377311235
ISBN-10:4377311239

1997年秋、某予備校全国統一模擬試験・小論文の課題引用元に、著者の氏名を見た覚えがあります。千石保『「モラル」の復権 情報消費社会の若者たち』(株式会社サイマル出版会、1997年)は16年経った今でも、私が制服を着ていた頃を思い出します。

本著の主題は次のとおりです。産業社会が推奨する「忍耐・自己犠牲」に代わるのは、「楽しみ・好きなこと」の選択であると仮定し、その選択には、自分自身をコントロールするモラルを必要とします。モラルを説明する際、ボケベル・おたく文化・いじめ・援助交際・家族意識・働く価値観などを列挙。結論として、規範を嫌い自由を追求する姿勢には「「自助」の精神とその自助を貫く「勇気」や「自尊」の心が求められる」(184ページ)としています。モラルとは、ミシェル・フーコーのいうエチカつまり、時空間に応じて判断と行動を決定し、責任をとるという新しいモラルの継続的再構築であると説明。これは、人を殺したり、他人のものを盗んだりすることを「悪」とすることとは一線を画します。犯罪なのか?道徳上の問題なのか?違法性の認識に焦点を当てるところに、検事の視点を垣間見ることができます。全体的には、社会学・哲学のキーワードと所属組織の研究データ(対海外比較)を連携させ、主に日本の高校生の実態を報告する印象です。

著者の新旧モラルの源流はどこにあるのでしょうか。千石保『「まじめ」の崩壊 平成日本の若者たち』(株式会社サイマル出版会、1991年)に詳細があります。古いモラルの例として、タルコット・パーソンズの手段的能動主義(Instrumental activism)(119ページ)を挙げ、元来、教育は、産業社会の担い手育成になっていたことを示します。豊かになるために指導理念があり、勤労意欲が生まれる。しかし、豊かになってしまった後は、学習と労働がコンサマトリー(consummatory)化、つまり「そのときそのときを楽しく生きようとする」(4ページ)ため、若者の友人関係・出世意欲に変化が起きているとしています。

日本の若者同士の関係を象徴する一例として、アルビン・トフラー『未来の衝撃』(実業之日本社、1970年)の集団の臨時的性質、アドホクラシー(adhocracy)が紹介されています。

“ (1)人間と物との関係では、使い捨てになり、紙の衣類のようなものになる。(2)人間と場所との関係では、遊牧民のようにたえず移動する。(3)人間と人間の関係は、互いに断片的な接触しかしなくなる。(4)人間と組織の関係では、プロジェクトごとに人間が集合離散するアドホクラシーなものになる。(5)人間と情報の関係では、社会の急激な変化に対応する動的なイメージの要求となる。” (141ページ)

このような一時的な集団の特徴は、著者が代表を務める研究所の調査に関連性があります。「日本・米国・中国 – 中学生の生活調査報告書」(1990年)によると、日本の中学生同士は、互いの犠牲・依存・プライバシーへの介入への関心が他国と比べ希薄なこと。そのような日本の中学生が、自分の性格をどう見ているか。同報告書によると、日本の中学生は、自分をラベリングする際に「元気・よく話す・明るい」を上位にしています。一方で米国と中国の中学生は自分が「親しみやすい・親切な・友情に厚い」性格であるとしています。つまり集団の中での自分を、日本は記号的に、他国は機能的に捉える傾向にあります。ある目的、例えば友情の確立のために真剣に参加するよりも、人気を得て、目立つことに重点を置き、この表面的な人間関係が、たとえ社会全体を表していないとしても、上記のアドホクラシーの一部を説明しているということを否定できません。

特筆すべきことは、著者が「まじめであることと、楽しく生きようとすること」の両極を支持していることです。目的を持ってひたすら勉強したり、そのために校則が存在する学校文化に従うことを軽視しません。ただ、皮肉的にそれを「タテマエ」としてでも実行すべき、と述べます。「タテマエ」の対が「ホンネ」ではなく、「エゴイズム」にある点、それを善しとしない著者の一貫した立場は、行動それ自体に多様な意味を付与できてしまうシニフィエの複雑さでもあります。豊かさを生む生産性には、学習や困難に耐えることを必然としています。

『「モラル」の復権』では、当時の私に思い当たる事例が見られたこと(!)に親近感を持ちました。(ルーズソックス・制服のスカートを短くすること・エヴァンゲリオンなど)

現在との時間を埋めるには、ポケベルのメッセージ例で十分でした。ボケベルの会話を言語行為論で分類し、会話の危険水域を提示している点などは、ツイッターでツイートする現在でも適用できますので、情報の古さを感じません。

“「雨が降っている」というようにある現象を記述する行動である発語行為、「ミニスカ禁止だよ」という慣習的に何かを行っている発語内行為、何かをいうことによって相手に影響を与える行為、「この間の一万円返せよ」といた発語媒介行為 ” (77ページ)

しかし、古さを感じないことは、私が更新されていないことなのかもしれない!と焦りが残りました。気のせいであると言い聞かせつつ、普遍性を信じて。