昨日の私から卒業する読書術『わかりやすく〈伝える〉技術』

2017年6月10日

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読書が進まないとお悩みの方が多いようです。

読書は、集中力と時間を要します。本との時間があれば、他のこともしたいという気持ちが強くなり、ついついスマートフォンを触ってしまうこともあるんですね。

本を読むことに集中できない理由は、読んでいる本が自分にとって有益であるかという価値判断が定まっていないから、というのが経験則としてあります。

「別にこの本を読まなくても、生きていけるよ」

思考の片隅にこのようなことを思っていませんか?

伝わらないを卒業するための読書

アイドルが組織から引退する時、「わたし、○○を卒業します!」

よく聞きます。

「卒業」という言葉は、何かを成し遂げて私ここで一区切りします!的なニュアンスがあって、「辞める」よりもソフトです。

よい方向への卒業と捉えれば、読書も似たような傾向があります。

人生の悩み、例えば、人間関係、家計、健康。その解決策のほとんどが、本に集約されています。

「本を読んだって、苦しみからは逃れられないよ」

たしかに、そうですよね。私もあてはまります。では、なぜ読書は、苦しみ、悩みを軽減してくれるのでしょうか。

「伝えられない自分」から卒業できるからです。

なぜ人に伝えられないのか

「聞いて!家族も職場も友だちも、私のこと、全然分かってくれないの!」

自分のことを分かってくれないと相手に願っている時に、葛藤が生じます。

自分のことが相手に伝わっていないからです。伝わっていると思い込んでいるだけで、相手は違う意味に取っていたり、そもそもあなたのことを相手にもしていないのかもしれません。

キャッチボールって、受けられるような球をお互いが理解しているから成立します。

この理解って、共通認識なんですよね。情報を理解する過程をある程度まで一致させなければならない。

そこで、「本」が、この歯車の一致にオイルをさしてくれることがあります。

本は、読み手に何かを伝えるために書かれてあります。そこには書き手の意図がある。読み手と書き手のキャッチボール。

文中にわからないことがあれば、書き手を理解しようとして調べようとします。そうなると、遺伝子のように脈々と知識の構造が広がって受け継がれていきます。

次第に、読書による知識構造の構築に隙がなくなっていきます。

このような現象を経験済みの人と会話すると、「あの人は論理的で話しやすい」といった印象に結びつくこともあります。

書き手を理解しようとして、読む姿勢を改める。繰り返す度に、誰かに思っていることを伝えやすくなる瞬間が巡ってきて、その人の印象まで変えてしまう。

印象が変われば、仕事、プライベートのコミュニケーションが変わり、周囲の環境が変わっていく可能性があります。自分が変われば、以前の自分がいた環境では、居心地が悪くなっていきますので、自然によい方向へ導かれていくのです。

違う環境に向かう、以前の自分からの卒業。

読書は、人が社会生活を送るための根源的な練習なのかもしれませんね。

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『わかりやすく〈伝える〉技術』

さて、ここまで持論を展開して、納得いかないと思われることもあるでしょう。

池上彰さんの著書『わかりやすく〈伝える〉技術』(個談社現代新書、2009)には、この点について主題通りの指摘があります。

本選びの指標のひとつとして、レビュー、いわゆる書評を読むことが書かれてありました。注目したいのは、書評の読み方です。

書評を書いている人物が匿名の場合の読み方です。

文章の論理性を見よ

論理的に書かれた書評を、本選びの基準にしましょうと仰っています。

論理的であるかないかが、伝わるベンチマーク=指標になると、私なりに解釈しました。

伝わる技術が、論理性を必要とするならば、論理性を鍛える読書は、伝える行為には欠かせないともいえます。

落下傘方式が幸福度に

本質がわからないと、目的を失ってしまうことは往々にして起きます。

何かを伝えようとしている相手がいない時でも、本質を見失って行動を起こすことがあります。

他者がいることで初めて自分の存在が明らかになる、このような社会属性から完全に孤立することが難しい状況であれば、本質はどこにあるのか須く見えにくくなってしまいます。

そこで、伝える内容の本質、伝えようとしているその行為の本質を常に記憶の引き出しに置いておく方法があります。

自分の行動を制御したり、開放したりする弁になってくれるのです。

社会の中の一員として形成される私と、自我と思われるような、どこか能動的な私。境界線は曖昧で、まだまだたくさんの私がいるはずです。全ての私を統率して目的地まで安全に着地できるようにしてくれるパラシュートが、本の中に見つかることも少なくありません。

パラシュートをうまく開けるようになると、思わぬ風に吹かれても、風をうまく捉えて進行方向を掴めます。

日々の生活で、軌道修正をしつつ、ひとつでも失敗に気づいて、改善しようとする。励みにならないこともありますが、自分が安心して生きるため、有益に何かをしているという実感が湧くこともあります。

「変われる」に近づくために

昨年から、再び読書量を増やすことにしました。

きっかけは、何もない自分から逃れるため。「何もない」というと大雑把ですね。

伝える器がない、知らないことが多すぎるので、支障をきたすことが多い状況です。おそらく、死ぬまでそうなのかもしれません。

本当は、誰かにとって自分の存在が不可欠であれば十分なのに。欲があるから、読書しているようです。

伝えられる練習のために、今日も何かを読んでいます。


わかりやすく〈伝える〉技術 (講談社現代新書)